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お知らせ

先祖をまつる

理解されている仏事の意義

わたしたちの心の中に「ご先祖」という言葉を噛みしめてみるとき、単に生前の記憶がある亡き肉親だけでなく、殆ど話題にものぼらなくなった遠い遠い「いのち」の流れにしみじみとしたものをおぼえるのは、こうした伝承のなかでつちかわれてきた遠祖へのなつかしい思いがこめられているからといえましょう。
とはいっても、実際に先祖の供養を営むということになると、このように遥かな「ご先祖」の存在は、なんとしても実感がわきません。
やはり、普通一般の市民感情としての先祖とは、身近な亡き人であり、「先祖」という言葉のもつ、もう一つの意味である、現在の家族の誰かが憶えている範囲で亡くなられた肉親ということになりましょう。


限りない「いのち」

思えば、私たちの「いのち」は、私がいま生きている以前に、父母の「いのち」があり、その父母は、さらにその父母によって受け継がれてきました。まさに、長い長い悠久の営みです。人間は、限りあるいのちです。ところがその「いのち」は実が限りない「いのち」のなかに位置づけられているのです。このことを味わうとき、私の「いのち」をおごそかに味わうためにご先祖を供養せずにはおられません。そしてまた、私の「いのち」が命を終えるとともに果てるのではなく、子々孫々に受け継がれてゆく重大さを思うとき、こうした無限の「いのち」をありがたくいただきたいものです。
私たちは限りある命のなかに生きています。限りある命ながら、限りのない「いのち」の営みのなかに生かされている自分が発見されねばならないのです。
先祖の法事をつとめる意義も、このこころをかみしめて、生かされている自分をたいせつに尊いものとして認識を新たにするところにあります。
長い「いのち」に生きる自分を自覚したいものです。その意味をかみしめ、お盆やお彼岸のお寺まいりや年間法要だけでなく、毎日が先祖に生かされている感謝の気持ちで、お仏壇にお給仕していただくことがなによりです。

 

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どんなささいな事でも
どんな遠方でも
どんな急な事でも けっこうです。

2014.08.19
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